鉄道博物館の入り口に展示してある1号機関車は、国指定の重要文化財であり、館内でも人気を誇る展示物のひとつです。このような国宝級の展示物の採寸をする機会を与えていただいた鉄道博物館=公益財団法人東日本鉄道文化財団様に、改めて感謝の意を表したいと存じます。
採寸器具につきましては、自作の段ボール製測定器など金属の露出していない器具類、レーザー測定器などを使用し、ナイロン生地の上着、手袋、靴下、及びスリッパを着用するなど、機体に損傷を与えないよう充分留意して作業をおこないましたが、至らぬ点も多々あったかと存じます。多くの不手際にも寛容にお取り計らいくださいましたこと、ここに重ねて感謝と御礼を申し上げる次第でございます。
私はずいぶんと小さなころから蒸気機関車を採寸してきました。小学校に入る頃には、すでに紙と鉛筆とメジャーを持って機関区に出入りしていましたから、かなり変わった子供の部類に属していたようです。(ただし、いまでいう「オタク」ではなかったと思います。)縮尺模型を作る目的で採寸したという記憶はなく、実物の大きさを実感したいだけの「私だけの遊び」のひとつでした。形態への興味もありましたが、どのように動くのか、その機構や構造を知りたいという欲求のほうが強くあったようで、その傾向は70歳に届くいまになっても続いています。
各部の寸法を測定した結果を整合させ、実際の形態と同じ輪郭を図上に描き記録することが採寸の目的です。しかし、部品と部品の相関関係を理解するためには外形の寸法だけを捉えていてはだめで、接合の仕方や機構を読み取らなければなりません。私が小さい頃に最も興味のあった部位が自動連結器でした。分解して部品が並べられたところを見たことがないので、内部の仕組みを想像することの楽しみは格別でした。その楽しみを更に突っ込んでいった先に驚きがあり、感動があり、こうなっていたのか、という真理を突き止めたような充足感に満たされます。
つまり、部品間の相関関係から必然の関係性を見つけ出すことが採寸の究極の目的なのです。隠されている部品どうしの関係を見つけられないときは、外形をいくら正確に測定したところで、測定数値自体にはあまり意味はないのです。
採寸をはじめる前に、この機関車のこれまでの改造の経緯をあらかじめ知っておく必要があります。島鉄時代の改造箇所についてですが、見た目で分かる部分が7箇所あることは、公開されている資料や写真等で明らかです。
1.缶胴中心高が1448mmから242mm高くなっている。
2.蒸気ドームの位置が運転室前から前方に移設されている。
3.ランボード上の砂箱がボイラー上に移設されている。
4.運転室の側面開口部を狭く、前方開口部を広く変更している。
5.運転室の屋根に天窓を、炭庫に増炭板を、それぞれ増設している。
6.緩衝連結器から自動連結器に変更されている。
7.水槽が両サイドにそれぞれ40mm移設されている。
さらに、鉄道博物館の実機は、鉄道院時代の姿に戻すために、上の変更箇所の幾つかを元の形状或いは位置に戻したところがあります。したがって、原型、鉄道院時代、島鉄時代のそれぞれの形姿を呼び戻すためには、実機の採寸作業だけで判断するには限界があるので、写真など、外部資料にゆだねることになります。(資料は非公開のものも多いので、ここでは公表することはできません。)
図面(組立図等)はすべてインチサイズで描かれています。ところが、採寸をはじめてみて驚きました。ボルト穴など、寸法の基本ピッチがすべてセンチサイズだったこと。改造したときにセンチを単位にしたのではないかと考えられますが、こういうことが事実だとすれば、ボイラー、ランボード、運転室など、走り装置をのぞく基本的な部位の大半を改造したことになります。実機を採寸した結果から遡って島鉄時代、さらに輸入当時の原型(インチサイズだったはずですが)にたどり着くためには、改造の仕方を推測しながら元の寸法を再現せざるを得ません。
台枠、軸箱、ランボード、弁装置など、当初からそのまま使われてきた部位のほとんどは走り装置ですが、これ以外は、後の時代に制作したか、あるいは大幅に改造されたことになります。
採寸作業 一部のデータを公開します。(数値は基本的に非公開とします。)
私の場合は、鉛筆や黒色のボールペンでスケッチを描き、数値と引き出し線は赤色で、断面図はブルーで描きます。あとで整理するときの混乱を避けるためです。
各部位の詳細写真集。
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